因果応報の意味をやさしく解説☆人生を生きる基本の知恵


因果応報という言葉よく聞きますよね。これは、仏教の言葉で、厳しい中にも優しさがあるものがたくさんあり、前世や過去の行いの報いが今の善悪の結果をもたらしているというものです。

どちらかというと負のイメージが強い言葉ですが、本当は人生をより豊かで幸せに送るための知恵を授けてくれる素晴らしい言葉で、過去に悪い行いをしたから今、苦しい思いをしているのは仕方がないという解釈をするのは間違っています。

実際、普段、私たちが当たり前のように使っている言葉も、本当は逆の意味だったり、言い回しが違うということをテレビなどで知ってビックリすることもあるでしょう。

因果応報もそのひとつで、正しい意味を知ることで、この言葉に助けられる時もきっとあるはずです。そこで今日は、ネガティブな印象の因果応報を正しく理解し、人生を生き抜くための知恵にする方法をお伝えします。

因果という言葉の意味を知ろう

因果応報という四字熟語は、仏教用語ですが普段の生活でも使われている言葉です。この言葉をきちんと理解するには、まずは四字熟語を分解して「因果」の意味を知っておきましょう。ちなみに因果の因は原因、果は結果から用いられています。

どんな結果であっても原因が必ずあるということは、原因がなければ起こる結果自体ないということです。例えば、仕事でミスをした場合、突き詰めれば必ず原因がわかるはず。原因が分かれば、今後、その原因になった言動を再び起こさないように注意すれば同じミスをすることが防げますよね。

別に悪いことばかりではなく、楽しかった結果にも必ず原因があるので、それを知ることで人生が楽しくすることも可能です。

しかし、原因はあるのに、原因が分からないということがあります。それは、事故で飛行機が船が海底に沈んでしまい、引き上げることが出来ず調べることが出来ない場合ですが、それでも原因が分からないというだけで必ず原因はあるのです。

 

応報という言葉の意味を知ろう

今度は因果応報の応報という言葉の意味を知りましょう。応報の応は、原因に応じたという意味合いで捉え、そして報は報い(結果)です。原因に応じた報い(結果)が現れるという意味で、植物に例えてみると簡単に理解出来ます。

例えば、スイカの種を蒔けばスイカが、人参の種を蒔けば人参が出来るのは当たり前ですよね。スイカの種から人参や大根が出来るなんてありえません。この種を原因とし、植物や出来た野菜を結果と考えてみてください。

スイカが出来たという結果をもたらした原因はスイカの種を蒔いたからですが、これと同じように原因に応じた結果しか現れないという仏教の教えが応報という言葉なのです。

仏教では、幸せや不幸な結果にも、それに応じた原因が必ずあるということを言っていて、それが応報という言葉で表されています。傷んだ種を蒔いても植物は育ちません。原因になるものをきちんと正しく見極める目と心が大切ということですね。

 

四字熟語としての意味を知ろう

文字や意味が似ている四字熟語もありますが、因果応報は善いことをすれば善い結果が、悪いことをすれば悪い結果が生まれ、行いの善悪によって必ずその報いがあるという意味を持っています。

仏教用語のひとつで、人が生まれ変わり死に変わる輪廻の中でもたされることが因果応報なので、前世の行いが現生に返ってくるというスケールが大きな言葉です。

悪いことをしたら地獄に落ちると言われていますが、それが、時を経ても必ず返ってきてしまうのが、因果応報の悪い方の意味で、常に正しく生きれば、いつかきっと善いことになってあなたの元に返ってきてくれるという生き方の指針とも言えるでしょう。

ただし、因果応報という言葉は日常会話で使うことは少なく、使われるとしても悪い意味合いで使用することが多いし、同じ仏教用語でも自業自得の方が一般的で、悪い行いをしたことに対して悪い報いがあるという意味ですが、どちらにしても人生は清く正しく生きろという教えです。

 

小さな積み重ねが影響することを知ろう

私達は、「これくらいなら良いだろう」と本当は良く無いことなのに小さなことだから目を瞑ろうとしてしまうことがありますよね。

しかし、その時は大したことではないようなことも、数を重ねれば大きな善悪と成り得るため、自分の行いで目を瞑るのは因果応報を考えれば避けた方が賢明です。ただし、他人に対しては責めるのではなく寛容になることで、小さな善い行いとしていつかきっと返ってくるはず。

小さなことって、自分では気にしていなくても周囲から見ればすごいことだなと感じてくれる人もいます。そのため、自分に対して「これくらいなら」というのは止めて、人に対してその気持ちを持つようにすれば、心穏やかに過ごせるようになるでしょう。

ただ、気をつけたいのが、ちょっとしたことだったとしても人を傷つけたり悪い行いに対しては、見過ごすのは止めてくださいね。それはただの無関心でしかありません。因果応報は、それも小さな悪と捉えてしまうので、善悪をきちんと見極めて行動することが大切です。

 

過去の自分を責め過ぎないようにしよう

因果応報という言葉を知ってしまうと、過去に戻ってやり直したいという気持ちが強くなってしまいます。しかし、そんなことは不可能なので、過去の自分の悪かった部分を反省して、今後の自分の言動を改めるように努力しましょう。

どんなに悔いても仕方がないし、悪い行いがいつ返ってくるのかと不安を感じるのも仕方がありませんが、それを気にし過ぎると、ネガティブな言葉がたくさん出てきて悪い行動をしていなくても悪い結果を引き寄せてしまいますよ。

マイナスな言葉で自分を責めてしまうよりは、反省したら過去のことだと割り切って気にしない様にするのが賢明です。そして、過去の反省点が上手く生かせた言動が出来たら、自分をきちんと褒めてあげてください。

あなたの気分が良ければ、周囲の人にも伝わって幸せなパワーが寄ってきてくれますよ。ただし、自分を褒めるために責任転嫁など人のせいにしてしまう言動は、因果応報の悪い行いになってしまうので気をつけてください。

 

さて、因果応報は簡単に言うと人様に迷惑を掛けないよう、常に考えて発言や行動をしましょうという仏教の教えで、人は自分に降りかかる苦難や災難はついつい何かのせいにしてしまいがちですが、そうではないですよと分かりやすく教えてくれています。

過去のことは仕方がないにしても、今の言動が未来に返ってくるということは、特に悪いことをしてしまうといつか必ずその報いがあるという行いの抑止力にもなってくれる言葉です。

その逆もあり、ボランティアやちょっとした気遣いが、未来の自分に良いこととなって返ってくるのであれば、もっと人に優しく、そして正しい行動を取ろうという気持ちになりますよね。

ですが、良いと思ってやったことがありがた迷惑ということもあるため、その人の気持ちになって手助け出来るように心がけると、きっとあなたの周りは笑顔と感謝の言葉であふれるはず。因果応報は、未来をより良くする素敵な教えなので、この言葉を心に置いて生きていきましょう。

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